行きつ戻りつ

走ったり、投げたり、時に釣ったり、何か作ったり、生きてりゃ行き当るとりとめなき事を

昆虫博士

虫が好きだった。まぁ今でも好きだ。鱗粉や体毛に毒がある奴らとか、警戒すると毒ガス攻撃を仕掛けてくる奴らとか、ゴキブリ以外なら平気でさわれる。集団でなけりゃ、スズメバチがしつこく寄ってきても、パチン、と手で追っ払ったりもできる。

字が読めない頃から小学館の昆虫図鑑が愛読書だった。 そういう子供は、昆虫博士、と呼ばれたりする。おれもその一人だった。 

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これだよ、これ!

背表紙が取れ、ページの綴りがほつれてバラバラになるまで何度も読んだ。

人生の最も初期の記憶は、3歳の頃、梅毛虫が盛大に巣をかけていた隣の家の梅の木がある日切り倒されてしまい、とっても残念だったこととか、アパートの庭で花にとまっていた黒いアゲハにそーっと近寄ると、いきなりこちらに向かってきたのが思った以上に巨大で、驚いて逃げたことだったりする。

母親は、幼稚園のスヤマ先生から、お絵かきにもお遊戯にも興味がなくて、いつも園庭で虫を探しています、と言われたという。確かにいつも虫を探してはいたが、みんなと一緒に何かをするのがイヤだった覚えも、勝手に他の子と違う行動をしていた記憶も全くないので、それを聞いたときは驚いた。

協調性がないとは夢にも思っていないのが実は自分だけだった、というのは、物心つく前からだったのか。そうだったのか、となんだか納得してしまった。

 

さて、そんな風にのめり込んでいたのは、もはや半世紀も前のことだ。日常思い出すことなどほとんどない。しかし、その頃の記憶が自分の中にしっかり刻まれていていることに気づかされることがある。

例えば山道を歩いていて小さな甲虫を目に留めて、「あ、センチコガネくんじゃないか」などと呟いたりする。ただ、なんで自分がコイツの名前を知っているのか、本当にこいつはセンチコガネなのか、実はよくわからない。スマホで調べると確かにセンチコガネなのだ。もはや前世を記憶する子供じみている。

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初めまして でもキミのこと知ってるよ

今でも福岡ハカセが「ルリボシカミキリの青」という本を出せば(ちょっと前だけどね)そうだよ!あの青だよ!とそれだけですべてわかった気になり、象虫の写真集を衝動買いしたり、書店でこんな特集を見かければ、しばし迷って、でもついつい買ってしまう。

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まだ1ページも読んではおらんがな

生まれて最初に興味を持ったことを追いかけるうちに、それが一生の生業になったという人が稀にいる。それはたぶんとても幸せなことなのだろう。

おれはそうなれずに来たが、こんなことでも、ボチボチ書いてゆけば、忘れていた心持ちが蘇ったり、新しいことに行き当たったりするかもしれない。

そういうわけで、たまには生き物のことも書いて行こうと思っているところ。